「新明解国語辞典 for ATOK」「新明解類語辞典 for ATOK」
辞書担当者 特別インタビュー

“言葉で言葉を説明し尽くす”のが新明国である・後編

前回に引き続き、「“言葉で言葉を説明し尽くす”のが新明国である~辞書担当者 特別インタビュー」をお届けします。どうやって掲載する新語を決めているのか、編集はどのように進めているのかなど、実際の辞書作りの現場についてご紹介しましょう。

前 編

後 編

辞書出版部
部長

山本 康一 氏 【写真:右】

『新明解国語辞典 第八版』編集部統括。

辞書出版部

吉村 三惠子 氏(元編集長)【写真:中】

『新明解国語辞典 第八版』編集部(第三版の途中から第七版までずっと新明国を担当。第八版の途中で定年となり、延長雇用で担当を継続)

辞書出版部

荻野 真友子 氏 【写真:左】

『新明解国語辞典 第八版』編集部。

辞書改訂にはどのくらいの期間がかかりますか? また、掲載する新語はどのように決めるのですか?

吉村氏:
まず、辞書を改訂しようと思ったら数年かかりますね。新語は、前の版を出したときから、積み残した言葉や“これ入れたいね”という言葉を数年かけてどんどんリストに登録していきます。組織的に新語の収集もしていますので、そこからも選定します。ですから、本格的に改訂作業にとりかかる時点では新語リストはだいたいできているんです。そして先生方に星取り表のように点数を付けてもらい、それを集計したものをもとに、編集部でも総合的に判断して、採用する語を決めていきます。もちろん、辞書の編集方針に合わせて必要かどうかを判断していきます。今回は新語は1,000語程度を目安にしていたのですが、最終的には約1,500語を追加しました。

荻野氏:
校閲は最初の校正刷りから入れます。誤字脱字などの確認もありますが、ファクトチェックも校正・校閲作業の多くを占めます。例えば語釈に出てくる省庁の名前や法律名が変わったりするとその変更を反映しないといけないので、そういったチェックもしてもらいます。

まずは前版のゲラに赤字を入れて初校にするが、初校になってもまだ真っ赤。赤字がなくなるまでこれを繰り返す

吉村氏:
今回は新型コロナウイルス感染症の流行があったことが大きかったですね。コロナ関連の語の追加をぎりぎり三校で入れて間に合わせました。

荻野氏:
大辞林など大型辞書は別として、三省堂では辞書の編集は基本的に1辞書に1担当者ということになっています。佳境に入ると編集部という形で作業分担をしますが、それまでは新明解国語辞典(新明国)の担当編集者は吉村さん1人なんです。編集委員の先生方を集めて会議を開き、議事録を作り、新語選定もし、表紙のデザインや紙の種類などについて検討し、組版では印刷所とやり取りし…基本的にはすべて1人でやります。
1つの辞書には担当者1人と言いましたが、たいてい担当者は複数の企画を持っています。

筆者:
1人でなんでもやらないといけないんですね。大変そうです…。語彙の選定に関してなにかエピソードはありますか?

吉村氏:
私、最近まで「落とし込む」という言葉の意味がよくわからなかったんです。ビジネス現場ではよく使われるようになった言葉のようですが。こういった言葉はメモを取っておいて新聞やテレビなどを注意深くチェックしますね。若い子がSNSなどで使っている言葉は社内の雑談の中で情報を収集していますね。

編集委員の先生に食品や料理に必要なものは(自分は得意ではないので)気にしてほしいと言われていました。例えば、カレーに使うベースのスパイスは必要だろうということで入れました。

荻野氏:
トーバンジャンは前から入ってましたが、テンメンジャンが新しく入りました。定着したかな、という語は入れていくようにしていますね。ティラミスとかパンナコッタ、ナタデココなどは入っています。

吉村氏:
魚の「クエ」が今回新しく入りました。これまでは関東のほうではあまり流通することがなかったのですが、最近は全国で食べられる時代になりましたので。それぞれの言葉が若者限定だったり単なる流行だったり地方限定だったりというものではなく、世間一般全世代的に使われてきて日常生活の中で定着した言葉になったかどうかを見極めることも大事ですね。

紙の辞書と電子辞書とどういう点が違いますか?

山本氏:
内容は、紙の辞書と電子辞書はまったく同じですが、電子辞書には音声データが追加されています。見出し語のアクセントは紙の辞書にも示されていますが、電子辞書の場合は、そのアクセントで実際に読みあげた音声データが収録されています。

荻野氏:
アクセントの専門辞書というのは存在しますが、アクセント情報を掲載している国語辞典は少ないですね。アクセント情報をきっちり掲載しているのも新明国の特徴です。今回も、時代に合わせて全ての収録語を見直しました。音声データも新語と変更のあった語については新たに録音しました。これらの音声データは、ナレーターの方に読みあげてもらったものを収録しています。

紙の辞書と比べて電子辞書は携帯性に優れているのもいいですよね。あと、紙はどうしても物理的な制限があって文字が小さくなりますけど、電子の場合は読みやすいサイズにして読めるのもありがたいと思います。

このように拍数(文字数)とアクセントの関係を一覧にし、その番号を見出し語の下に示しているので何拍目で下がるかがわかる。電子辞書の場合は、クリックすると音声で確認できる

これを原稿としてナレーターが発音して録音していく。集中力が続くのは2時間程度なので、何度かに分けて収録する

「新明国」はほかの辞書と違う、とよく言われますが、どのような違いがあるのでしょうか。

山本氏:
新明解国語辞典は、1972(昭和47)年の初版からその序にあるように「辞書は、引き写しの結果ではなく、用例蒐集と思索の産物でなければならぬ」という精神で作っています。

例えば「決まる」という言葉を例に説明してみましょう。
「決まる」のように多義の(意味の多い)語を説明する場合、よくあるのは、用例を用法ごとに分類し、それぞれに語釈を付けるやり方です。これは場合によっては分類の数が非常に多くなることがあるのですが、新明国の場合は、すべての用例に共通する、その語の意味の中心は何なのか、その本質をしっかり捉えてまとめて記述しています。そのため、語釈単体の記述量は多くなりがちですが、語義の数自体は少ないので、その語全体のスペースとしては他辞書と比較して半分以下で収まるという場合もあります。

「いくつかの選択の可能性がある中から」というのが、その語を特徴づける意味の中心であり、すべての用例に共通する説明となる

上記で説明していただいた言葉も大辞林は語釈が違うのでしょうか?

山本氏:
もちろん違います。大辞林も弊社の辞書ですが、同じ会社の辞書であってもそれぞれの辞書の目指すところは異なりますからね。大辞林は百科項目も含め、現代から古代まで、また広いジャンルにわたる言葉を収載しています。大辞林と新明国では役割が違いますし規模も違います。

吉村氏:
大辞林は古語も掲載しています。新明国のような小型国語辞典は現代語中心という、その点でも違いますね。ただ、新しいものを載せればいいというわけでもありません。若者だけが使っているとか、流行しているだけですぐに消えていく言葉とかではなく、これから先も残っていくであろう新語をきちっと押さえる必要があります。

山本氏:
大辞林は言葉をより多く広く、また古代の語義から現代の語義までカバーする必要がありますが、現代語に限定すれば、例えば先ほど説明した「決まる」などの語釈については、用例も含めてむしろ新明国のほうがより詳しい場合もあります。そういう意味では、いろんな辞書を使ってもらえると、言葉を広く深く、いろいろな面から知ることができると思います。

ともに深く考えさせられる語釈とは。

山本氏:
このあたりが“ユニークな辞書”だといわれるゆえんだと思うのですが、言葉そのものの意味に加えて、それが指し示しているもの、言葉が持っている背景やニュアンスまでも含めてできる限り記述しようというのが新明国です。

例えば「幸福」で説明しましょう。
新明国には
「現在(に至るまで)の自分の境遇に十分な安らぎや精神的な充足感を覚え、あえてそれ以上を望もうとする気持をいだくことも無く、現状が持続してほしいと思う△こと(心の状態)。」
と記述されています(△は読み替えを示す記号で「…現状が持続してほしいと思うこと。また、現状が持続してほしいと思う心の状態。」と読みます)。単に「幸せなこと」という言い換えで終わるのではなく、あえてそれ以上望もうとしない、それ以上望もうとする状態はまだ「幸福」ではない、そしてこの現状が持続してほしいという心の状態であるというニュアンスを含んだ語釈となっています。
「それが幸福ではないでしょうか」と問いかけ、一緒に考えてほしいという側面もありますね。単に言葉の表面的な意味だけではなく、もっと踏み込んだ語釈になっているのが新明国がほかの辞書と違ってユニークであるといわれるところではないでしょうか。

吉村氏:
だれがいつどういう場面で使うのか、を意識して語釈は書かれています。指し示すものはほとんど同じでも漢語(主に音読みされる語で、やや改まった印象を受ける語)と和語(日本固有の言葉。やまとことば)ではニュアンスが変わってきますので、そういう点も意識して使っていただけるとうれしいですね。ちょっと古風であるとか、今はあまり使われないとかの情報は、小説などを書く人にとっても役に立つものではないかと思います。

筆者:
いろいろと興味深いお話を聞かせていただいてありがとうございました。新明国がほかの辞書とどういう点で違うのか、早く使ってみたくなりました。あと、国語辞典と類語辞典を行き来して、言葉遊びもしてみたいです。私はライターなので、違った表現をいろいろ探してみたいと思います。

編集後記

「舟を編む」(三浦しをん原作の小説)という辞書編集部が舞台の映画を見て以来、実際の辞書作りがどのようなものか非常に興味がありました。初版ではなく改訂ではあるものの、新語リストを作り、日々の生活でも言葉にアンテナを張り、ゲラを真っ赤にする…この人間味ある泥臭い作業があるからこそ、私たちが安心して使える辞書が世に出るのだということがわかりました。電子辞書はその上に新たに音声データの追加作業があり、こちらも体力勝負的な側面があるようです。こういった舞台裏を知って辞書を使うとさらにありがたみが増し、言葉を大切にしようと思う気持ちが強くなりそうです。

(聞き手/内藤由美)​

「新明解国語辞典 for ATOK」「新明解類語辞典 for ATOK」が収録された「一太郎2021」のお求めは、こちらのコーナーで

一太郎2021 プラチナ

© JustSystems Corporation