モリサワ書体担当者 特別インタビュー
あなたの知らないフォントの世界・後編
モリサワフォント26書体 35周年記念版フォント
前回に引き続き、「あなたの知らないフォントの世界~モリサワ書体担当者 特別インタビュー」をお届けします。実際にフォントはどんな工程で作るのか、書体名はどうやって決めているのかなど、ほかではめったに聞けない貴重なお話を大公開します。
後 編
株式会社モリサワ
フォントソリューション部
小林 佑 氏 【写真:左】
ソフトウェアへのバンドルや機器への組み込みなどの営業を担当。お客様への適切なフォントの提案や特殊な文字の技術的な仕様の説明なども行う。
株式会社モリサワ
フォントデザイン部
阪本 圭太郎 氏 【写真:右】
フォントのデザイン企画、社内外のデザイナーとの協働、折衝などを担当。モリサワ「タイプデザインコンペティション」の運営などにも携わる。
すごく素人的質問ですが、文字っていくつあるのでしょうか。
小林氏:
書体によって、収録している文字数が違います。フォント名に「Pr6」と付いているものは、23,058文字が収録されています。今回、一太郎2020 プラチナに搭載されるフォントですと「リュウミン」「UD黎ミン」「UD新ゴ」がそうですね。
阪本氏:
「すずむし」など、デザインを重視した書体は9,355文字です。これでも一般的に使うには十分な数だと思います。
フォントのデザインや開発は、どのような工程でされるのでしょうか。
小林氏:
フォントデザイナーとそれをプロデュース (ディレクション) する人がいます。その関係は、漫画の編集者と作者の関係に似ているかもしれません。お互いに意見を出し合ったり相談したりしながら共同で作り上げていくイメージです。デザイナーは一つ一つ手書きで、まずはベースとなる500字ほどを作っていきます。そしてそれをベースにしながら複数人でそのほかの文字に展開していきます。
阪本氏:
具体的な作り方としては、6.25cm四方の方眼紙にデザインをスケッチするところから始めます。まずは骨格 (文字の芯) を書き、そこに肉付けをしていくんです。曲線の部分はフリーハンドで書くか、製図用の雲形定規 (くもがたじょうぎ)* を使用します。筆記具は芯が折れにくい製図用のシャープペンシルを使います。
*曲線を描く際に使用する、雲のような形をしている定規
近年では、最初から画面上で作ってしまおうということで、ソフトウェアを使って作る方法に移行しつつあります。
デザインが終わったら、次はチェックです。部首ごとにまとめた状態で印刷し、黒みなどを確認します。さらに、よく使われる熟語を数万通り印刷し、バランスのチェックをして微調整をしていきます。検査するリストは元号や新しい熟語などを加えて随時見直しています。
6.25cm四方の方眼紙に手書きでスケッチした5種類の書体。
手書きで書かれた書体に、止めやはらい、各パーツの細かな調整が加えられます。
デザインした漢字を含む様々な熟語を印刷してバランスをチェック。
部首別に印刷して個々の文字に細かな指示を入れていく。
フォント作りというのは、線を描く工程と同じくらい検査の工程に時間をかけています。書体のデザインはソフトウェアでできるようになり効率化できるようになってきたものの、チェック工程は非常に労力がかかります。
例えば、同じ木偏 (へん) の文字でも、右の「旁 (つくり) 」の部分の大きさがいろいろ違いますよね。様々な木偏の文字を重ねると、同じ木偏でも微妙な調整をしていることがわかっていただけると思います。
様々な「木偏」の文字をソフトウェアで重ね合わせて表示させると細かな調整が見えてくる
書体を作るだけなら、この作業をしなくても製品として世に出すことはできます。でもやはり長い文章を組んだとき、機械的な印象よりも人の目によりなじむようなものにしたいという思いがあります。これが、書体メーカーのこだわりといえるかもしれません。書体は作ったデザイナーより長い時間世の中に存在するかもしれず、可能な限り細部の調整を行なっています。
「すずむし」という書体は非常に個性的ですね。
阪本氏:
「すずむし」は一般的な進め方とは違う形で誕生した書体です。弊社では2~3年に一度、一般の方を対象に「タイプデザインコンペティション」という書体のコンテストをやっていまして、そのコンテストで賞をとった書体なんです。作者は書体デザインをされている女性で、「落語の世界のように、下町にいる人の温かみを表現したい」ということでした。コンテストでは200文字程度を作って応募していただくのですが、商品化が決まってからは、作者と弊社デザイナーとで9,000文字超を作り上げました。
2014年にリリースしましたが、本当によく使われていますね。お菓子のパッケージや旅行関係のパンフレット、映画のポスター、書籍の装丁など幅広い分野で使われています。
一太郎には「モジグラフィ」や「フォトモジ」など、フォントに変化を付ける機能があります。
阪本氏:
「すずむし」は、そういった機能と親和性が高い書体ですね。一文字一文字を自由に並べたり、背景に写真を使ったりすると表現力が大幅に広がると思います。文字をパーツとしてとらえて、パズルのように組み替えるといった使われ方も多い書体ですので、ぜひ「すずむし」で "遊んで" みてください (笑) 。
「すずむし」「解ミン 宙」など特徴的な書体名がありますね。書体名はどのようにして決めるのですか?
阪本氏:
書体名の付け方は本当に様々でして、その書体をデザインしたデザイナーが決めることが多いですね。書体をデザインした書家の方の雅号とデザインテーマ (イメージ) を組み合わせて書体名にしたこともあります。編集チームとデザインチームで協議しながら決める会議があったりもします。候補がたくさん出て涙ながらに一つに絞る、ということもありましたね。
例えば、人気の書体である「解ミン 宙」の場合だと、「解」は作者さんの屋号、「ミン」は明朝体のミンです。そして「宙(そら)」は、かな書体違いの兄弟書体があって、どうシリーズ感を出そうかというところで「宙」と「月」にしました。書体名を付けるに当たっては長さの制限もありますし、当然わかりやすいものにする必要もあります。命名にはいろいろと深い意味や理由、バックストーリーがあるんです。
今後どのようなフォントを開発したいと思っていますか?
小林氏:
様々な分野のお客様からご要望いただくケースが多いのがUDフォントです。駅のサインやゲーム業界、教育関係、食品、衣料品など幅広い業界の方からお声がけいただきます。今後もそういった多くのニーズにお応えできるように、UDフォントをさらに充実させていきたいです。また、すでに1,000種類ほどのフォントがありますので、それらをきちんと選択してお客様に合ったフォントの提案をしていきたいと思っています。さらには、お客様からの要望をくみ取ってデザイン部門と協働し、新しいフォントを企画していきたいと考えています。
阪本氏:
日本語の書体に関してはラインナップをたくさんそろえていきたいと思っています。1,000種類近いランナップがありますが、デザイナーからはまだまだ新しいアイデアが出てくるので、それをきちんと取りまとめてフォントとしてみなさんにお届けしたいです。また、日本語とは別に、世界の言語をそろえていきたいと思っています。今も実際に使用人口の多い言語はそろえているのですが、日本国内でも多言語を使った情報発信のニーズがどんどん高まってきていると感じています。そういったときに、すぐに使えるフォントがあるという安心感を持っていただくためにも、世界の言語を作っていきたいと思っています。ネイティブの使われ方を踏まえた上できっちりと作り上げたいです。
ズバリ! 好きな書体、おすすめの書体は?
阪本氏:
全部おすすめです (笑) 。どうしても一つ上げるとしたら「タイプラボN」 ですね (一太郎には非搭載) 。幾何学的な感じだけれども自然に目に入ってくる、くずれすぎてもなくしっかりはっきりしているところが好きです。
ただ、どんな書体でも "いい使われ方をしている書体" が好きですね。どんな書体でもハマるシチュエーションは必ずあると思っていて、 "この書体だから素晴らしい" というよりも、 "この使われ方だからこの書体が活きてくる" ということですかね。フォントはあくまでも言葉を伝える手段であって、料理で例えるならメインの食材というよりは "塩" のような存在と思っています。最後の塩加減一つで料理が決まるように、どんなに高級な食材を使っても、塩加減や調理方法が適切でないとおいしい料理にはならないし、逆に身近な食材でも料理の腕次第ではとてもおいしく作ることができるわけです。
今回の一太郎2020 プラチナには、26書体というたくさんの種類を搭載させていただいておりますので、おいしい料理 (良質な制作物) を作るために料理人 (ユーザーのみなさま) にどんどんお試しいただきたいと思っております。
編集後記
今回はモリサワフォントが26書体も搭載されるということで、取材をさせていただきました。お話を伺うまでは「フォントって結構いろいろあるよね」ぐらいの知識と興味だったのですが、いろいろ伺っているうちにフォントの奥深さやデザイン・開発の大変さに触れることができました。あまりに夢中になりすぎて、いつの間にか前のめりになってしまっていたほどです。取材以降、そこここにある看板などのフォントが気になって仕方がありません。これからは、どんな文書にどんなフォントを使うか、悩む楽しみが増えました。
これ、実はコースターなんです。インタビューのとき、出していただいたお茶の下にあったのですが、5つ集めると「お・も・て・な・し」になりました。なんて粋な遊び心でしょう。
(聞き手/内藤由美)
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